それに何か問題があるわけじゃなかった。
俺らの名字が違うことで家族になれないわけじゃなかった。……だから、引き止めておきたかった。
「……お前王学入りたいんだろ〜?」
「、」
「口止めしてたらしいな〜。
お前の仲良い友だちが兄貴に話したのを、その人から聞くことになったんだけど〜」
「……夕陽なら言わないと思ったのに」
呉羽とは逆で、夕陽は王学に入りたくないと頑なに拒んでいた。芸能科のある学校には入りたくない、って。
だけど夕さんは普通の高校じゃ手助けできないことも、王学の芸能科だったら補助できるから芸能科に入れ、と、言い続けてきて。
そのせいで兄弟喧嘩も悪化してたんだけど。
ついさっき、夕陽が「進路王学に変えたから」と一言告げてきたらしい。
まあ理由はとても簡単なもので。
ただ単に姫が王学の生徒だから、だと思うけど。
どっちみち、夕さんは卒業したら王学にはいないからな。兄弟で学校がかぶることもない。
とまあ、そのあと夕陽が「呉羽が王学入りたいのに目指さないって言ってるんだよね」と何気なく口にしたのを知った夕さんから、俺に伝わった。
「……私立だから気にしてんの?」
冷蔵庫がぱたんと閉まる音だけが響く。
返事はなくて、訪れる沈黙。キッチンから出てきた呉羽は炭酸の気泡が上がるグラスのひとつを俺に手渡して、向かい合うソファに腰を下ろした。
「……そうだよ。
兄ちゃんは生徒会に入ってるから色々と免除されてるけど、俺のあとには瑠璃と翡翠がいるんだもん」
「……なんでお前はそうお利口なんだよ〜。
別に父さんは金のこと気にするような人じゃないでしょうに」
……むしろ気にしなきゃいけないのは俺の方だ。これでも一応長男なんだから、あとに弟と双子がいることを考えるなら中学も高校も私立を選ぶべきじゃなかった。
それでもあのとき。……俺はあの箱庭の中で窮屈に生きてきた大事な後輩のことを、放っておけなくて。



