たしかに姫は美人だけど、世の中もっとかわいくて美人な女の子ならいる。
なのに、こんな些細な話題でさえいとおしく感じるのは、ひどく滑稽に俺が溺れてしまっているからで。
「うん、好きよ」
都合の良い解釈ばかり、したくなる。
手を伸ばせば彼女の濡れた黒髪に触れて、冷たいはずの指先がびりびりと甘さで薄く痺れる。
「……そっか。
なら今度、俺もパエリア作ってやるよ~。あ、でも姫はグラタンの方が好きだったっけ?」
触れた指先が熱いなんてどうかしてる。
つかむこともできない淡い熱に惑わされるなんてどうかしてる。──全身に毒が回ったみたいに熱いなんて、本当、に。
「ふふ……
椛の作った料理ならなんでも美味しいわよ」
もう、だめ……だ。
あともどりとかそんなの、出来るわけない。
「……本気でそう思ってる?」
「思ってる。
はじめて食べたときグラタン美味しかったもの」
「なら……、
また今度グラタン作ってやろうじゃねえの」
なんだっていい。──彼女の興味を自分へ引けるのなら、もてる手段はすべて使ってしまえる。
触れたままの指先でひと房引き寄せた髪ごと、彼女の興味を引き付けて。
「ごめんな。
さっきわざと視線逸らしたんじゃねえよ」
「あ、え……ほんとに?」
「ん。ショック受けてたって?
ごめんな、俺がややこしいことしたせいで」



