「それ以上言ったら……、

俺まじでお前のこと殴りそうだから、黙れ」



「……椛」



「なにが、"ぼくよりもよっぽど実力のある人間"だよ……

お前がこんな風に傷つけられて、それ以上に傷ついてるヤツがそばにいるだろうが」



いつも優しい椛は、基本的に誰に対しても怒ったりしない。

省エネに生きたいから、と。冗談交じりに言っていた椛が、ぼくに対して本気で怒ったのは、この日がはじめてだった。



「お前の大事な片割れ。

普段紳士に生きてるあいつが、お前のこと階段から突き落とされたって理由だけで、相手に手上げたんだぞ」



「………」



「ここに来る前、お前らの両親に頼まれて学校にあいつのこと迎えに行ってきた。

そしたら……相手の子、女の子だった」




そう。ぼくに泣きながら怒って、ぼくを階段から突き落とした相手の子は、女の子だった。

油断していたから突き落とされた時とっさに手すりをつかめなかったぼくもぼくだけど。



「あのルノが……

女の子に手上げるなんて、ぜったいありえない。なのに、お前のこと突き落とした相手の子のこと、平手打ちしたって」



「………」



「それぐらい相手に怒って、お前のために傷ついてんだよ。

……なのに片割れのお前が、自分のことそうやって蔑ろにしたら。あいつが余計に傷つくだろ」



怒っていた椛の声が、だんだん落ち着いてくる。

それから「ルア」とぼくを呼んだ声は、もう怒ってはいなかった。



「頼むから。

……自分のことも、ルノのことも、大事にして」



節々が痛い。頭も痛い。喉の奥も。

だけどどこよりも、胸が痛かった。ルノが傷ついていることで同じように痛む、共鳴するその場所が。生命(いのち)の音を知るのに近いその場所が。痛かった。