わたしの返事に、いつみ先輩は「そうか」とつぶやいただけで。
ようやく腕を離してくれたかと思うと、いくみさんの耳元でぼそぼそと何かを告げた。
「……ええ」
滑らかな声で、そう頷いた彼女は。
「夕帆」とたった一言で何かを悟ったらしい夕帆先輩と、リビングを出ていってしまった。
「いっちゃん、いくみさんに何言ったんだよ〜」
オレンジベージュの髪を掻き上げて、椛が視線をスマホからいつみ先輩へと向ける。
煽るような、誘うような、挑発的な笑みはなんなんだろうか。……普通に聞けばいいのに。
「あいつらにも、ゆっくり話す時間は必要だろ」
そんなことはどうでもいいらしいいつみ先輩が、短く質問の答えだけを返す。
それを聞いた椛も「ああ、ねえ……」とわたしにはよくわからない微妙な反応をした。
「……さっさと付き合っちまえばいいのにな〜」
「え、」
「ん〜? ああ、いくみさんと夕さん。
……夕さんあんなカッコしてるけど男だし、どうせ端から両想いでしょうに」
……夕帆先輩っていくみさんが好きだったのか。
未だにどうも男の人、という印象が弱いせいで、男の人なら大体は女の人が恋愛対象なのに、それに違和感を感じてしまう。
だからといって、どういうわけでもなく。
両想いなら上手くいけばいいのにな、程度なんだけど。
「……あいつらにも色々あるんだよ」
どこか憂えたような声で、そう言ったあと。
この話は終わり、と言うように、いつみ先輩がわたしの名前を呼んだ。