もう泣いてもいいよね

目の前にちょっとした規模の鉄筋造りの平屋が見えてきた。

森川村郷土資料館だ。

私が上京して間もなく閉館となった。

ただ、運営費が出せないだけで、収蔵物等はそのままになっているらしい。

ここの鍵はさすがに村役場が管理しているが、綾女様が借りてくれたと、香澄が言っていた。

小学生の頃は見学に来たこともある。

大したものはなかった記憶があるが、今は子守花のことが何かわかればと、かすかな期待があった。

東京の図書館より期待できるかもしれない。

鍵を開けて入ると、私たちは明かりのスイッチを探した。

「これね」

香澄がそう言いながらスイッチを入れると、明かりはすぐについた。

ブレーカーが落とされていない。

最近、誰かが来たのだろうか?


最初の部屋は、真ん中に村の全景を模したパノラマ模型があった。

これは、みんなでここが自分ちだとか探し合った記憶がある。

あらためて見てみると、森川村は守神山を城とするその城下町みたいな造りに思えた。

城下町は城のすぐそばを譜代の家臣が守り、その周りをさらにその家臣が守る感じで屋敷を構えるものだ。

登山道を森川家と大和家が守り、その森川家を中山家が手前で守る。

そして、その谷間になった下手にたくさんの家が細く長く建ち並ぶ。

村の真ん中を通る一本道を攻め上るのは意外と難しいかもしれない。


そんな想像をしても、実際に村で戦があったという話は聞いたことはない。

この辺りは戦があったとしたら、上杉と武田の戦だ。

でも、そのどちら側だったかという話も聞いたことがない。

ここは平和な村だっただけなのか、それとも戦にも避けられた何かがあったのか、戦をしてはいけなかった場所なのか…



次の部屋は、村の動植物の展示だった。

もちろん「子守花」を探したが、標本も写真もなかった。

村では普通に会話に出てくる花なのに、なぜ無いのだろう?

花自体は年中咲く花だと聞いている。

あれ?

それ自体珍しいことか?

花って普通「咲く頃」がある。


花が年中?

ほんとかな?