その頃、香澄は実家の門の前に立っていた。

彼女自身、里帰りは2年振りだった。

一番近い駅、と言っても駅舎が一つで駅員も一人、ホームが丸見えの小さな駅から森川村まで、さらにバスに乗って約1時間かかる。

車も持ってはいるが、今回は一人でどうにでもなるからやめた。


森川家は、皆美の実家の中山家よりさらに村の奥にある。

途中、村のメインストリート(村人以外にはそうは思えない)を通ったが、香澄は誰にも会うことはなかった。

もう日が暮れかかっているので、高齢の村人たちはとっくに帰宅している。

山の日暮れは早い。

さらに奥へと歩いていくと、お店のような建物が見えてくる。

見上げると「雑貨なかやま」と書かれた古めかしい寂れたトタンの看板がかかっている。

皆美の実家の雑貨屋だ。

本宅へは、さらにその先約100mくらいにある2間はあろうかと思われるかなり立派な門から入っていく。

それでも雑貨屋は敷地の中にある。

その門構えと雑貨屋の雰囲気はすごくアンバランスな感じだが、寂れたこの村にはお似合いなのかもしれないと香澄は思った。

道の反対側も中山家の敷地だ。

今はただの畑と物置があるような土地になっているが、昔は道路をまたぐ建物が建っていたらしい。

と言うことは、森川家に行くには中山家を通るしかないということだ。

まるで中山家が森川家を守っているように。


まだ雑貨屋は開いてた。

でも、寄るのは明日にしようと香澄は思った。

そして、さらに道を進むと、山になるところに鳥居が建っている。

その鳥居は神明鳥居でも明神鳥居ともちょっと違う、独特の形式だ。

香澄は、他の神社で見かけるのと違う形に、いつも違和感を感じていたが、特に調べたことはなかった。

そこからは、正面に階段、左側に山道が延びている。

階段はお子守様を祭る祠への参道で、山道の方が実家への道だ。

香澄は山道をゆっくり登って行った。

しばらく登って行くと中山家に劣らない立派な門が見えてくる。

門には「森川」と書かれた古い表札がかかっている。

しかし、門の中央にはさらに古い木の板が掲げられており、そこには「守神倭」と書かれている。

香澄は、それが江戸時代までの名字だったと聞かされていた。

明治になり改姓されたらしい。

読み方は変わらないという。


その文字を眺めていると後ろから声をかけられた。


「香澄?」