「皆美」

「はい」

「物語はほとんど完成したそうだね」

綾女様がにこっと微笑んで言った。

「はい」

私も、笑顔で答えた。

「じゃあ、あとはすることがないのかい?」

「まあ、原稿見直して、それくらいですね」

「他にはしたいことはないのかい?」

綾女様は優しい言い方で聞いてきた。

少し考えたけど、思い当たらなかった。

「はい」

「そうか」

綾女様は一旦、お茶を口にした。

両手で持つその姿はまるで茶の湯のそれだ。

そして、私を真っ直ぐ見ると言った。

「じゃあ、あとはタケルのそばにいてあげなさい」

「はい、そうします」

私はちょっと食卓から下がって頭を下げた。

「あらあら、私としたことが。さあさ、お食べなさいな」

綾女様がちょっと失敗したというような表情で言った。

「はい」

私はまた箸を持った。



「ごちそうさまでした」

私とタケルは6畳はあるかと思われる格式のある玄関先で頭を下げた。


「皆美ちゃん美味しかった?」

「ええ。こんな手作りの食事は本当に久しぶり。東京じゃなかったから」

「そう、良かったわ」

楓おばちゃんが少し哀しみを含んだような笑顔で言った。


「タケル君も美味しかった?」

「うん。本当には食べられないけど、ちゃんと自分では『食べた』よ。本当に美味しかった」

「そう…良かったわ」

楓おばちゃんがとうとう少し涙を浮かべてしまった。

「母さん!」

後ろから、綾女様と部屋で話をしていた香澄が、遅れて出てきた。

「タケルでさえ泣いてないんだから、母さんが泣かないでよ」

「ごめんね…」

「おばちゃん、本当にありがとうございました。おれ、こうなったこと、後悔してないですから」

タケルが頭を下げて力強く言った。

「ほんと、次の巫女なのに、これじゃ、まだまだね」

楓おばちゃんは涙をそっと指先でぬぐって、きりっとした表情を作った。


「そうだね。まだまだ私も長生きしそうなんで、それまでに修行しておくれね」

綾女様が奥から出てきた。

「あ、母さん、すみません」

楓おばちゃんはすっと避けて、軽く頭を下げた。


「タケル、皆美、そして香澄」

「はい」

私たちは返事をして綾女様の前に並んだ。

「3人とも、悔いの無いようにね」

「はい」

私たちは頭を下げて森川家を後にした。