彼はスーツの上にコートを羽織って、かっこいいブリーフケースと、ここの店名の入った紙袋を持っていた。

「先輩、今何やってるんですか?」

私の質問に答えた彼が口にした会社名は有名な商社だった。

「やっぱり、さすがですね」

「そっか?サンキュ。で、武井は何やってるんだ?」

しまった、そう来るよね。

「えっと、特に何も…」

「あ、そっか。おまえ、でっかい病院のお嬢様だったよな」

「別に、お嬢様じゃないですよ」

北山先輩が言うと、そんなに嫌味でもなかった。

「でも、ほんと久しぶりだな。元気そうで良かった」

「先輩も」

私たちは少しお互いを観察するような感じになったけど、

「おっと、俺、もう行かなくちゃ」

彼は腕時計を見ると、そう言った。

「あ、じゃあ、また」

私はそう言って手を振りかけたが、

「お、またって言ったな?」

「え?」

彼はサッとケータイを出した。

「おまえのアドレス教えといて」

「あ、はい」

その流れるような雰囲気に私は深く考える暇もなく、彼とアドレスを交換した。

「じゃあ、またな」

先輩はあっという間に坂を下って行った。

私は一瞬、悟の顔を思い出したけど、まあ、これくらいならいいかと思った。

指輪をしているかどうかまでは気が付かなかったけど、奥さんか彼女がいないはずないし。

ここで何かを買ったのもその辺だろうし。

あ、そっか。

私はクリスマスもそんなに遠くないことに気が付いた。

やっぱりあれはクリスマスプレゼントだよね。

私は、少し乱れた心が落ち着くと、いつものペースでゆっくり坂を下った。


その夜、先輩と会ったことは、覚書きの方には書いたけど、物語には書かなかった。