「若い教え子と東北に、当然泊まりで、何しに行くって?…お・と・う・さ・ん?」

腕組みをして険しい顔をして立っていたのは、この大学で講師をしている園山教授の娘、園山季世恵(そのやまきよえ)だった。

遥香より5つ年上の32才。

「季世恵…えっと、勘違いするな。今のは、決してお前が考えているような事ではない。これは研究のためなんだ」

「季世恵さん、ほ、本当です。信じてください」

二人とも同じ様に両手を左右に振った。

「渕上さん、お久しぶりね」

「お久しぶりです!」

遥香は立ち上がると両手を揃えて頭を下げた。

遥香と季世恵は講義だけでなく、ゼミの関係でも季世恵がいろいろ父の手伝いをさせられていたので、かなりの顔見知りだった。

ただ、彼女は生真面目な性格なので遥香のことを「渕上さん」と呼ぶ。

身長は遥香より5cmくらい高く、艶やかな黒髪のショートボブ。

黙っているとモデルみたいな綺麗な人なので、その性格が勿体無いと思う遥香だった。

「じゃあ聞くけど、どういうことなの?」

季世恵は遥香の隣、父の前に座ると足と腕を組んだ。

教授と遥香はお互い顔を見合わせたが、諦めて、遥香がこれまでの経緯を説明した。

「うそ…そんなことが?」

「本当です。だから、園山教授に相談するしかなくって」

季世恵の視線を避けて、横向きに仰け反る様に座っていた教授は、彼女に、目の前の資料を読めよと顎をしゃくった。

少し戸惑いながらも、季世恵はその資料を捲った。

遥香はコーヒーを入れてくると、季世恵の横に置いた。

季世恵はそれには気が付かなかった。

こういうところは、さすがに学者だと遥香は思った。

遥香と教授はしばらく、季世恵が資料に目を通すのを黙って見ていた。