渕上家


遥香はキーホルダーの少し古びた鍵でドアを開けた。

少しずつ失われた時間を取り戻すように、あの葬式以来、何度か帰って来ていた。

電気も点いていなかったのでわかっていたが、父祐志はまだ帰っていなかった。

居間に入って、遥香はソファーにバッグを置いた。

父が帰る前に少し片付けようかと思ったが、意外と片付いていて、することがなかった。

ふとテレビの横の棚の上に目が留まった。

写真立てが置かれている。

親子3人が写る最後の写真。

遥香はそれを手に取った。

父の時間は、きっとここで止まっていたんだろう。

しばらくそれを見つめると、また元の様に置いた。

遥香は思いを新たにした。


線香の匂いがしたので、誘われる様に奥にある部屋に行った。

その部屋には小さな真新しい仏壇に母の遺影が置かれている。

遥香は線香に火を付け、手で煽って消すと、香炉に立てた。

そして、お鈴を鳴らすと、目を瞑り手を合わせた。


その時だった。


急に空気が重くなり、身体の表面がざわっとして鳥肌が立った。

たまに感じる、あの感じだった。

ゆっくり目を開けた時、ふと右目の端に映るものに驚いた。

正座をする女性の下半身が見えた。

誰かが、こっち向きに正座をしていた。

遥香は声も出せないまま、ゆっくりと右へ顔を向けた。

その女性の顔が見えた。

それはたった今、目の前で見ていた顔…