世田谷区 山本家


遥香は寝る前に、お風呂に入っていた。

少し東北旅行の疲れが出たのか、湯船でうつらうつらとしていた。

現実か夢か分からない意識の狭間で、遥香は見覚えのある橋の上にいた。

家の近くの野川に架かる橋だ。

土砂降りの雨の中、その橋の歩道をこっちへ歩いてくる女性に気が付いた。

あの日の服装。

「お母さん…」

母はその声に気が付いたのか、立ち止まってこっちを見た。

いや、その視線は遥香へではなかった。

誰かに話し掛け、

そして…

「お母さん!」

遥香は飛び起きる様に目を覚ましたので、お湯がザバッと溢れた。

目を開けた瞬間、横にあの子がいた様な気がしたが、見回してもいなかった。

「夢か…」

遥香は、顔に掛かったお湯を両手で拭うと、また、首まで浸かって天井を見た。

どういうことだろう。

自分の経験にない映像。

本当にあの日の母のはずはない。

夢で自分が想像した場面。

遥香には、なぜそんな夢を見たのか分からなかった。

それとも母が見せてくれたのか…


「そういえば、あの子、今はどこにいるんだろう…」

遥香は虚ろに呟いた。