家を出る三分前、僕は化粧準備をする先生に声をかけた。振り返り、なに、と先生が発する途中でベッドに押し倒す。衝撃に目を瞑る彼女に、すかさず唇を重ね合わせた。


舌をねじ込んで絡み合わせ、濃く深く唇を舐る。先生の吐息と甘い微かな声が部屋に響いた。しばらく堪能すると、先生から体を離す。唾液が絡みついた唇を舌で一度舐めとると、十分な満足感を得た。


先生がこちらを睨むように見る。しかしそんなことは気にも止めず、先生に向けて言った。


「またあとで」


七時五十分丁度、ベッドで項垂れる先生を横目に家を出た。


後ろの方で扉が閉まる音がする。振り向いてその家を仰ぎ見る。赤茶色のレンガ風に塗装された壁に、黒い屋根。なんてアンティークな装いだろうといつもながらに思う。玄関先に飾られた花々は、今日もその身をめいっぱいに広げ太陽の光を浴びている。
先生の趣味交じりに建てた結婚当時の新居だそうだが、他の家に比べて一戸だけ異様な目立ち方をしていることに彼女は気づいているのだろうか。


外装に関わらず、部屋の中にもクマの人形やインテリアの皿など、本棚から机までアンティーク風の家具ばかりだ。そのため、この家に入る時は決まって異国に来たような感覚に陥る。


僕は家の前から立ち去った。学校までの通学路をゆっくりと歩んでいく。
二人で笑い合う恋人や、馬鹿みたいにはしゃぎ合う男子、昨日のテレビ番組の内容に盛り上がる女子たち、様々な生徒が横を通り過ぎ、または自分が追い越していく。


いつもの風景、当たり前の日常。
ただ異常なのは、先生との関係だけだ。


しかしこの時の翔は思ってもみなかった。
この関係が、ああも簡単に粉々に砕け散ってしまうとは。