工藤くんと中条さんの短い日常


「透明になって町を泳ぐ
静かな海は僕の色────」

透き通る声だった。
凛としているようでこそばゆいような、そっと漏れるような息の出し方に耳の痛くない高音。

「わあ、じょーずだね」
女の子は我に帰ったように慌ててこちらを睨み付けた。
待って。通りすがりの者ですが。

こんな人のいない時間に、誰かいるなんて思わなかったろ。勿論お互いに。
「ぁ、あの」
「なんてゆー曲なの。」

セーラー服の彼女はギターケースを背負っていた。
腰までである長い黒髪が、電灯のしたで艶やかに反射した。目にかかる前髪、膝丈のプリーツスカート。袖から覗く真っ白な肌。
朱と紫の混じる不気味で美しい、今日の夕方のような女性だと感じた。

「サカサマメロウて、バンドの。
透明人魚ていう。曲。」
「ふうん。練習してるんだ?」
「あっ、いや。逃げてる」
「ん、なんで」

彼女はにひ、と歯を見せて
「お祭りに出演するはずだったの。」
「ほーん、制服だもんね。部活かなにか?第二中かな?」
「あ、そうだよ!でも、自信なくて」

くねくね、体を揺らしながら恥ずかしそうに顔を赤らめた彼女は、指先で髪をいじりながらくしゃっと笑んだ。
大人しそうな容姿の割に、愛らしい笑顔。

「僕、第一中なんだ、三年生」
「一緒だあ。」
「君の歌、いいなあと思ったけどねえ」
「そうかな、私歌うのは好きだけど人前に立つのが緊張しちゃって。」
「そうかな。ちゃんと初対面の人とも喋れるじゃ無い、自信持ちなよ。」

僕が親指を立てると
「えへへ」
と頬を両手で包む彼女。