哲平のことは嫌いじゃない。きっと付き合ったら楽しいだろうし、不安や不満も生まれないと思う。

それでも私は……。


「健太はもういない」

ざわっと、公園の木々が揺れた。哲平はとても真剣な顔をしていて、それは怖いぐらい。


「うん。分かってる。分かってるけどさ」

お説教は聞きたくないから、私は早口で返す。


「健太はなにも言わなかった。俺たちにも皐月にも。自分から離れる選択をしたんだよ」

「……やめて」

「健太はあの海に飛び込んで――」


「やめてって言ってるの!!」


私はベンチから腰を上げて哲平を睨みつけた。
悔しさと悲しさが混ざったような涙が込み上げてきて、気づくと私は拳を握りしめていた。

そんな私を見て、哲平も合わせるように立ち上がる。その表情は私とは反対に、とても冷静だった。


「健太は死んだんだよ、皐月。自分で海に飛び込んで、命を絶った。それが残された俺たちに突きつけられた現実だろ」


違う。そんなはずないと、また声を荒らげそうになったけど、そう思いたいのは私の都合だ。

私はベンチからカバンを取って、そのまま逃げるように哲平に背を向けた。

これ以上、話すことが怖かったからだ。


私の臆病な足音が、次第に早くなっていく。そんな中で、背後からまた哲平の声が響く。


「心配だよ、皐月のことが」

それでも私は足を止めない。


「健太のいない喪失感を持ったまま生きてることも、あの時ああしてれば、こうしてればってなにかが変わったかもしれないって後悔し続けてることも、全部が心配だよ」


私は唇を噛みしめながら結局、振り返ることはなかった。