恋蛍2

「ちょっとソレ、聞きずてならへんわ」


オレはもちろん、翔琉も芽衣ちゃんも、そのクリスタルガラスを叩いたような綺麗な声に操られてしまったように、3人同時にデイゴの大木を見上げた。


もともとビビりの翔琉なんて驚きのあまり涙が引っ込んで、エサを食べる金魚のようにパクパクさせる始末だ。
デイゴの太いしっかりした枝から、白く細い脚が2本ぶら下がっている。
爪には真っ赤なペディキュアが施され、裸足だ。


「……誰ね?」


きれいー、と芽衣ちゃんがうっとりとした様子で呟く。


「結弦くん!」


そこにおったのは、白いタンクトップにデニムのショートパンツ、真っ白なビーチサンダルというラフな格好のいろはだった。


「今の話、聞かせてもろたけど」


まるで花嫁さんみたいな純白のワンピース姿の、昨日の彼女からは想像も付かないほどの別人ぶりに、オレはたまらずごくりと唾を飲んだ。


あの腰まで長い黒髪を頭の高い位置でひとつに束ねてポニーテールにしているいろはは、枝葉の隙間からこぼれる陽射しで輝いているように見える。
もしかしたら、人間じゃないのかもしれん、と思わずにはいられんくらい、綺麗だ。


「許しちゃおけへんね」


そう言って、そこから笑顔を落としたてきたいろははまるで、勇敢に悪と戦おうとする、ジャンヌダルクのようにかっこいい。
昨日の彼女と今日のっ彼女のギャップの振り幅がえげつなくて、無意識にぼんやりと見つめてしまっていた。


「ちょっと、結弦くん! ぼけっとしてはる場合やないよ」


その勇ましいほどの大きな声で、ハッと我に返った。


「ばっ、バカかあ! いろは、そんなとこでなにしよる?」


まさか、ひとりでこの大木に登りよったのか?
オレは木の周囲をぐるりと確認した。
も、脚立も梯子もない。


デイゴの木の幹の表面はなめらかでつるつるしよる。男だってそうやすやすとは登れないっていうのに。


それに、落ちたらどうするのさ。