結弦がこの島じゃ見掛けんでーじちゅらさんと親しげに歩いていた。


まるで恋人同士みたいだった。


そういう話が彼女の杏から聞こえて来た、と。


「なにね。そんなことか」


まあ、集落の誰かが見ていたのだろうけど。


田舎ってのはどうしてこう狭いのかね。


その噂は一晩にして、律たちの住むこの集落にまで一気に広まりよったらしい。


「エーエー! そんなことってなにか? 誰ね? どういうことか? なんでオレにまで隠しよる?」


「隠すもなにも」


「オレと結弦はこーんな小さい時からの仲じゃないかあ!」


と律は親指と人差し指で「こーんな」と幼少期を表している。


「エー、バカかあー、律」


プッと吹き出して笑うオレを見て、律はワナワナしながら課題ノートを手のひらでバンと叩き、


「バカさ! バカに向かってバカとはなにかー! オレにも言えんようなことなのかー?」


ヌーヌー言いながら、律がテーブルに身を乗り出してくる。


暑苦しいったらない。


「落ち着けって、律よー」


オレは興奮する律の肩をポンポンなだめるように叩いて、もう笑うしかない。


「律はいつも早とちりしよーる」


「早とちりぃー?」


律の言う、杏から聞きよったでーじちゅらさんは、間違いなくいろはのことで。


いろはは葵先生の親戚の子で。


「京都の祇園のさ、歴史のある呉服屋の一人娘でね。オレたちと同い年でね」


昨日、家の都合で島に移住して来て、夏休みが明けたらオレたちと同じ高校に通う予定で。


「葵先生に頼まれて、家まで連れて行った、というわけさ」


昨日の成り行きをざっくり説明してやると、律は何事もなかったかのようにあっけらかーんとして、すとんと座り直した。


「なにさあ。そうだったかね」


まったく。


律はいつも早とちりしよる。


「いーやぁ、オレ、てっきり結弦は親友にも言えんような恋でもしよるのかと思ってさあー。心配してさぁーもぉー」


「バカかぁ。そんなわけないだろー。変に疑るなよー」