恋蛍2

「だから、あんなにボロでも、きちんと手入れが行き届いておるのさ」


横を見ると、いろははショルダーバッグの肩紐の形が変形してしまうほど、両手できつく握り締めて、急に小声になりうつむき加減で言った。


「おばあは……どこに行かはったの?」


血に染まったようなその唇は微かに震えている。


「ニライカナイさ」


質問に答えると、いろはは弾かれたように顔を上げた。


「ニライ、カナイ?」


「そうさ。海のずっとずーっと向こう。亡くなった人たちがみんな暮らしよる綺麗なところだよ」


おばあは、オレが母さんのお腹に宿っていることを言い当てたその日に、静かに息を引き取ったそうだ。


「亡くなった人はみんなニライカナイにおってさ、仲良く幸せに暮らしとるって。前に聞いたことがあるよ」


「そう……なんかぁ」


いろははどことなくほっとした表情を浮かべて、再びおばあの家に視線を戻した。


「ニライカナイ、か」


ぽつりと呟いたまま、いろははぼんやりして動かない。
熱を孕んだ夏至南風が集落を緩やかに吹き抜けて行く。いろはの真黒な髪の毛がさらりと波打つようになびいた。


そして、それは本当に耳を澄ませていないと聞き取れないような、か細い囁き声だった。


「じゃあ……あのこも……」


一緒におばあの家を眺めていたオレはその言葉にハッとして、いろはの横顔を見つめた。
赤い唇が小刻みに震えている。


「いろは? ……いろはって」


2回呼んだところで、いろははようやく我に返った様子で目をぱちくりさせた。