恋蛍2

「えっ!」


手首を掴まれた衝撃と思いがけない展開に驚いたオレは、とっさに手から鍵を離してしまった。
カシャン、と足元に鍵が落ちる。


「わっ! ごめん、落とした」


拾おうとしたけど、できない。

「え、あの……さ」

いろはの白い手がまるでヘビのようにオレの手首を締め上げて、離れないのだ。


「結弦くん」


ずいっと顔を近付けて来たいろはの麦わら帽子の鍔が、鼻の頭と額をかすめた。


「は……はい?」


あまりの距離の近さにたまらず一歩後退りしても、いろはもまた一歩詰め寄って来る。そして、オレの手首をぎゅうっと掴んで、手繰り寄せる。
目が……瞳がどっしり座っとる。


「なに言われたの?」


「へ?」


「誤魔化しても無駄や。葵おばちゃん、うちのこと、なんか言わはったやろ?」


肩甲骨のあたりがギクリと軋んだような気がした。
妙に張り詰めた空気に耐えきれず、思いっきり唾をごっくりと飲み込む。


な……なんて目か。
まるで悪魔さ。


感情のない悪魔みたいに冷たい目を、いろははしていた。


ほんの数秒前の人懐っこい笑顔のいろははもう、どこにも見当たらない。


「なあ、結弦くん」


その声色まで明らかに変わりよる。おっとりとしたやわらかな声色とは真逆、まるで凍てついた氷みたいだ。


「なに言われたん?」


いろはの目は背筋がゾクッとするほど黒々と照り輝いて、挑発的で、オレの体から自由を奪って行くようだった。


「な……にってぇ?」


なんとかやっと声を出せたと思えば、オレの声はピャーとリコーダーで音を外したようにうわずった。


「ええわ。なら、うちが当ててあげはるわ」


と、いろははフンと鼻で笑って、どこか人を見下すように、妙に自信に満ちた表情で続けた。