恋蛍2

「ごめんね。わがまま言うて」


浜から上がって来る潮風に長い艶やかな髪の毛をサラサラとたなびかせながら、彼女がにっこり微笑んでいる。


「何から何までおおきに、ありがとう」


「いや、全然」


オレも微笑み返した。
どうせ予定はキャンセルでヒマになってしまったし。
葵先生の家といっても斜め裏のお隣さんみたいなもんだしさ。
たなびく髪の毛を麦わら帽子ごと抑えながら、彼女が言った。


「結弦くん、うちら、同い年みたいやね」


「あ、そう言ってたね」


「うちのこと、いろはでええからね」


と彼女があまりにも人懐っこく笑うものだから、拍子抜けしてしまう。


……なんだね。


「うん。なら、そう呼ばせてもらうさ」


人懐っこい、普通のいい子じゃないか。さっきまではとっつきにくそうだねぇなんて思っておったけど。話してみたら全然そんなことないね。
外見だって派手じゃないし、誰が見ても清楚だしさ。
ごめん、も、ありがとう、も、ちゃんと言える子だし、賢そうな落ち着きのある子にしか思えん。


注意深く、とか、目ぇ離すな、だとか。


葵先生は一体、いろはの何をそこまで心配しよるのかは分からんけど。


危なっかしい行動をとるような子には思えんよ。


「さて。じゃあ、さっそく行こうかね」


オレが言うと、いろはが「うん」と小走りで駆け寄って来た。


「あ、そうさ、これ。葵先生の家の鍵なんだけ――」


と葵先生から預かった鍵を右手で差し出すと、次の瞬間、いろははオレの手首を掴んで、豹変した。