恋蛍2

「あ、やさ! 結弦」


葵先生に呼ばれて「うん?」と顔を向けた。


「いろはを家に連れてってくれんかね?」


「は? オレがね?」


自分の顔を指差して、念のためもう一度確かめた。


「オレ?」


「そうさ。他に誰がおるか」


葵先生は涼しげな顔で頷いた。


「私はまだここ離れるわけにはいかんし、午後は応診入っとるしさ。帰ぇーれるのは夕方だし。その間、この子、ずっとここで待たせとくわけにもいかないしさあ」


な、いろは、と葵先生が彼女の華奢な肩をぽんと優しく弾く。


「長旅で疲れよるでしょう? 家でゆっくり休んでおったらいいさ。夕飯までには帰ぇるからさ」


こくり、と彼女は頷いた。


「そうしてくれはったら、うちも助かるわ。荷物の整理もしたいし」


「ね。いろはもこう言うとるし。頼むさ、結弦」


という流れで、たった今さっき予定がなくなってしまったヒマ人のオレには断る理由もなく。
ましてや、憧れの葵先生の頼みを断れるわけもなく。


「お願いします。結弦くん」


みめよく微笑む彼女を、島袋家へ案内することになった。


「じゃあ、いま、鍵持って来るから待ってて」


と葵先生はさっき出て来た奥の部屋へ入って行った。直後、静かな診療所に電話の音が鳴り響いた。


「わ! 電話だば!」


慌てて美波姉ェネェが受付の中へ駆け込んで行く。


すると、玄関に立っとった彼女が言った。


「あの、結弦くん。うち、外で待っとってもええかな?」


「え、うん。やしが、外は陽射しで暑いよ」


ここで待ってた方が、と言うと、彼女は首を横に振った。


「ええの。暑いのは平気。それよりもうち、病院の雰囲気が苦手やの」


堪忍ね、そう言って彼女は急ぐようにそそくさと外に出て行った。