透明人間の色


私は今、窓の絵を描いている。だから、窓を見るのを遮っている彼が邪魔。それだけの話だが、それをすぐ分かってくれるのは、この世のなかで花だけだと私は思う。

それから一時間後、私は筆を止めた。
ふっと息を吐く。

「お疲れ様」
花が私に言った。


やはりこちらを見ることはない。


「お疲れ様」
悔しいけど私はそんな花を見ながらそう返した。

この私たちのおはようとお疲れ様の間にこの美術室を出入りした人はいない。


美術部は全員で十人はいたはずだけど、週一の部活に毎日のように来るのは二人だけ。


なんなら美術の全国大会に出展できる実力者も、この学校には二人だけしかいないのだ。





美術室前の廊下には誰もいなかった。それもそのはず、運動部は外か体育館、帰宅部はとっくに帰宅している。

冬だったら外部がやれ内周だのトレーニングだのと、うるさいくらい賑わっている放課後の廊下だが、今は生憎真夏だ。

夕方であろうとこれほどまでに暑いのだから、真夏で間違いであるはずがない。

私が下駄箱から靴を取り出すと、少し汗臭い匂いが鼻につく。そう、これこそ夏。




なにも良いことがない、夏。




私は校門を出てスマホで時間を確認した。


「あと十二分……」
それは世界が変わるカウントダウンなんかではなく、バス停にバスが来る時間までのカウントダウンだ。

バス停にバスが来て世界が変わるなら別だが、そんなことはきっとないのだろう。

私はバス停を素通りして、近くの信号機の押しボタンを押した。

たどり着くのは自動販売機。この自動販売機には私の学校の自動販売機には絶対置かれないものが、常に置かれている。

私は迷わずそのボタンを押して、ペットボトルのキャップを外すした。

「うん。水サイコー」
何を隠そう、私の学校の自動販売機には水が置いてない。

水が飲みたかったら、水道から飲めというわけだ。

でも、真夏の水道の水はぬるい。ぬるすぎる。体育で汗だくになったけどお金がなかった場合くらいにしか、飲みたいとは思わないだろう。

私はまた信号機の押しボタンを押した。バスは定刻の三分遅れできたから、その頃にはペットボトルの中は空っぽになっていた。しかし、周辺にごみ箱は都合よくあるわけがなく、行き場をなくした空っぽのそれが私の手に残ってしまう。


だが、このペットボトルは私に捨てられるのと、邪魔に思われるのどっちがいいんだろう?


もし、私がペットボトルだったなら?




___きっと、どっちも耐えられない。