透明人間の色




「うんうん。じゃあ、私と一緒に行こうか」

「………前払いで」
「え?」

「私にいくら出せるんですか?」

「そうだなー、ちょっと待ってよー」

そう言って財布を探す男。とんでもないバカだ。だけどおかげで助かった。





解放された手。
私はくるりと向きを変えて走り出した。




「あっ、おい。待てっ!」

気づいた男が何か言ってるが知ったことではない。私は運動ができるというわけじゃなかったけど、小太りの男よりは走れるはずだ。



その時だった。

「___っ!?」
こちらに反射する光が視界をかすめた。間違えない。カメラのフラッシュだ。


この場面を誰かが撮った。


迷ってる暇はなかった。フラッシュの方向は斜め右前方の細い路地からだ。

「ちょっとっ!」


私が走った先にはカメラを持った男と、もう一人同じ高校生くらいに見える男の子がいた。

呼び止めるとカメラの男に掴みかかる。




が、それは一瞬でゆるむことになった。



「なっ、……と…じょ」



後ろから私を止めようとした男の子が口にした名前。
それに私は気を取られてしまったのだ。

ゆっくりと私は男の子の方に振り返る。

「誰?」

私のその言葉はその男の子には予想外だったのか、軽く目を見開いていた。

でも、驚いたのはこっちだって同じだった。
男の子が口にしたであろう名前。

東城。

それは私の名字だった。
東城美香。それが私に与えられた名だ。両親から貰ったもので、私が持っているもので一番変わらずにあるのは東城美香という名前くらいだと思う。

だから私にとって名前は唯一無二の大切なものだった。

余計な話をすると、私はまだ人生の中で同じ東城さんに会ったことはない。そんなことも私と両親だけの絆みたいで嬉しかった。
だから一生東城さんには会いたくないとも思ってた。

だけど今はどうだろう。

カメラを持った男がたまたま私と同じ東城さんである確率は限りなくゼロに近い気がする。


でも、この男の子がカメラの男の名を呼んだのでなければ、男の子は私の名前を知っているということになる。それは気持ちが悪かった。