「まあ恋愛はないとしても、こうやって喋る機会ができたんだから、やっぱ縁なんだよ」
「僕は歓迎していない」
「だろうな。初めて君を見たとき、こいつ友だちいなさそうだなって思ったし」

そこで初めて三日月紫苑の顔が赤くなった。意外な反応を見て、また笑ってしまう。反論も悪態もなかったから、事実なんだろう。

「いいじゃんか、友だちなんていてもいなくても。雲母も薊もいる。独りじゃないだろ。それに、どうしても欲しいなら作ればいい」
「簡単な話じゃない」
「まあ作ろうと思って作るもんでもないかもな。でもま、とにかく、俺はこれもなにかに繋がる縁なんだと思って、しっかりこなすよ」

そう答えたところで、時計が三つなった。鳴り終わったところで「ごめんください」という細い声が聞こえた。

三日月紫苑はそれをきっかけに黙りこくってしまった。視線も窓の外に向いている。 

「紫苑、椿、百乃が来たぞ」

洋間の扉を勢いよくどーんと明け、薊が登場した。
小さな身体に大きな盆を抱えているが、それをなんなく器用に運び、テーブルへにお茶を並べていく。紅茶と言っていたが、出されたのはほうじ茶だった。

「こんにちは」
今日の百乃さんは白菫色の着物だった。昨日と同じ席に着くと、しずしずと頭を下げる。

「今日もお時間を頂戴し、ありがとうございます」
「百乃は今日は稲荷寿司を拵えて来てくれたのだ。余は稲荷寿司も大好きなのだ」
百乃さんの挨拶にややかぶり気味で、薊が嬉々として教えてくれた。もうむしろ、好きじゃないものはないのではなかろうか。

すこし遅れて雲母がやってきた。その手にした盆に、お重と取り皿、箸が乗っている。百乃さんの稲荷寿司なのだろう。狐は油揚げが好物なのはほんとうなのか、そこも気になる。

「おいしくできてるか、不安なんですけど」
どうぞ、と目の前に置かれた稲荷寿司は、気持ち大きめのふっくらした形だった。
せっかくなので、全員席に着いてからいただきます、と口に運ぶと、甘いお揚げの中から蓮根や椎茸の具が混ぜられたご飯がほどよくほぐれて出てきて、そう、なにって旨かった。語彙力がないのが悔しい。とりあえず、すごく旨かった。

それはほかの皆も同じようで、雲母は百乃さんのことを褒めていたし、薊は言わずもがな次々に食べている。三日月紫苑ですら、黙ったままとはいえ、ひとつ食べきっていた。

おいしい稲荷寿司とほうじ茶をいただいて、一息つく。なんだか満ち足りた気分になってから、百乃さんは話し出した。

「本題に入らせていただきますが」
その一声に皆が向き直る。

「痣は、消さないことに決めました」
はっきりと言った彼女の顔は、とても晴れやかに見えた。

「良いのですか」
雲母がそっと問うと、しっかりと頷く。

「はい。両親にも自分の素直な気持ちをはっきりと言いました。もちろん、最初は両親もうちを想ってか反対しはりましたけど、弟が」
痣に触れながら百乃さんが笑う。
「姉さんの痣を侮辱する奴は、俺がはり倒してやる、って」
それはとても幸せそうで、前向きな笑みだった。

「それに、相手のかたのお噂はかねがね聞いてますけど、そんな、悪いひとには思えんのです。もしそうじゃなかったら、うちとは縁がなかったと思って諦めます」

安堵のため息が思わずもれた。昨日あんな風に言ったものの、どうなるかはまったくわからなかった。

それがたった一晩とはいえ、彼女の考え直すきっかけになって、こんな笑顔にできたのなら、これ以上のことはない。