もしそうならば、祖母の暮らしはどのようなものだったのだろう。まだ生きてたら、聞いてみたかったかもしれない。

昨日通った山道を過ぎ、あの立派な門をくぐり、屋敷へと足を踏み入れる。この屋敷にいればどんな妖でも見えるということは、ここはそっちの世界なのだろうか。

そういやこういうの、兄貴が好きだった気がする。日本史教師をやっているけれど、確か専攻は民俗学だった記憶がある。まあかといって、話すわけにもいかないんだろうけれど。

洋間に通されると、三日月紫苑も薊もそこにいた。三日月紫苑は今日も黒ずくめで窓際に座っている。春の日差しを浴びて、気だるげにしている姿はやっぱり猫によく似ている。思わず欠伸を噛みしめる。

「よう」
一応声をかけては見たものの無反応だった。帰れと言われないだけましだろう。

「椿、息災か」
対して薊はまるでどこぞのお殿様みたいな感じである。ソファに背筋をピンと伸ばして座り、そこに腰かけろと示してくる。
「そうだ、これ、土産」
「なんと、お主は気が利くな! してそれはラングドシャか」

包装紙のままなのに、またしても中身を当てる。その能力がすごい。

「抹茶のやつだな、うむうむ、余はこれも好物だぞ」

至極ご満悦に包装紙をむこうをしたところで、雲母の手がそれを止めた。
「薊、お茶の用意をしますよ。これは百乃が来てから一緒にいただきましょう」
「おう、そうだな、そうしよう。では茶を淹れよう。今日は紅茶がいいな」
よろしく頼みますよ、と雲母が言うと、薊は軽やかに洋間を出ていった。ブルーのワンピースがひらひらと舞っていた。

「お気遣いありがとうございます」
雲母はそう言うと、後を追って出て行く。つまりこの洋間に、ふたりきりになってしまった。

まだ一言も声を聞いていないけれど、寝てはいないようだった。ただ欠伸は繰り返している。俺のことはちっとも眼中にないようで、ほかになにもないから窓の外を眺めているだけ、といった雰囲気だ。

話しかけたところで、返事はないのだろう。

「お前」
ところがまさかの向こうから話しかけてくるという展開。そんな気配まったくなかった。びっくりして思わず居住まいを正してしまう。

「こんなめんどくさいこと、断ればいいのに」

いったいなにを言い出すのだろう、と身構えていたら、これまた想像だにしないことだった。

「いやまあ、怪我させた責任もあるし」
「僕とお前、なにも関係はない」

なかなか素っ気ないおことばではある。わかってはいるけれど。面と向かってはっきり言える人間もなかなかいないのではなかろうか。

「たしかに大学で同じ専攻ってだけだけどさ、これもなにかの縁かと思って」
「縁?」
「そ。ばあちゃんがよく言ってた。結局、この世の中縁なのよ、って。知り合う相手も、選ぶ仕事も、明日のごはんだって、縁をたぐり寄せた結果だってな。昔はよくわかんなかったけど、だんだん、なるほどなあって思うようになってきた」

三日月紫苑はふうん、とつまらなさそうな相槌を寄越す。

「そしてその縁は待っていてもやってこない。自分で掴むものだって。そう思ったら、前におま……君にぶつかったことも、雲母にここに連れてこられたことも、なにかの縁だろうし、悪い気はしなかったから、掴んでみようと思ったわけ」
「あんなの、運悪く滑っただけだ」
「そうだな、俺ひとりだったらそう思ったかもしれない。でもひとりじゃなかったから。これが女なら、恋愛フラグか、とか期待するんだけどなあ」

ふざけて軽口叩いた俺を、三日月紫苑は心底気持ち悪そうに見る。あまりにも素直な反応に笑いがこみあげてきた。