「百乃、正直にお話しなさい」
一拍おいてから、雲母がそう促した。
百乃さんは戸惑いの表情を見せたものの、雲母の顔を見てすっと背筋を伸ばす。

「人間さんは不思議です」
彼女の唇がほんのすこし笑っていた。

「私……うちの、痣のことなんてきっとどうでもいいでしょうに、きっちり考えてくれはるのですね」
「どうでもいいってことは」
「ええ、でも妖の世界のことなど、人間さんにはなんも関係ない話です。雲母さまは、詳しいことは教えてくれはらへんかったから、人間さんがおってびっくりしましたけれど」

急に言葉尻が柔らかくなった百乃さんは、ようやく肩の力が抜けたようだった。

「仰るとおり、うちはこの痣のこと、嫌いやないんです」
見た目によろしいもんじゃないですけど、と彼女は続ける。
しかし多少目を引くものの、だからといって彼女の外見を大きく損なっているようには見えない。それはもしかしたら、彼女自身の気持ちが表れてるのかもしれないな、と考えてみる。

「この痣、まだ幼かった弟を助けたときのもんなんです。やんちゃであぶなっかしくて……子守をしていたのに、ほんの一瞬気を抜いてしもうて、気づいたときには弟が火の中に転げ落ちそうになってました」

雲母はこの話を知っているのだろう。ただ黙って聞いていた。三日月紫苑と薊は相変わらずだ。

「あのときだけなんです。なにをやってもとろいうちが、咄嗟に動いて誰かの役にたったこと。顔に痣は残りましたけれど、この痣を見るたびにあの日のことを思い出して頑張れるんです。弟も、事情を聞いてからはいつもうちの顔を褒めてくれました。もちろん気にしてはいはったけれど、そんなん気にせんでええよ、って心から言えるぐらい、うちにとっては証みたいなものなんです」
「誇り、なんですね」

その口調からそう思えて口にすると、彼女ははっとしてからゆったりと微笑んでくれた。
「ええ、そうです、誇り、なんです」

だから彼女はあえて隠そうとしないのだ。もしかしたら周りになにか言われたこともあったかもしれない。けれど彼女は今現在も、その痣を醜いものとはみなしていない。

「それを、消そうと」
「……はい、やはり顔にこんな大きな痣があってはあちらさんも良く思ってくれはらへんやろうと」
「誇りを消してまで、嫁ぐ相手だと思えますか」

切り込んだ質問だとはわかっている。俺は男だし、彼女の気持ちがきめ細やかにわかるわけがない。男女の考えが違うのは、これはもうしょうがないことなのだと今までの人生で充分に悟ってきた。主に母親で。

彼女は迷っているようだった。

でも俺にはそれで充分にも思えた。

簡単に答えが出ない。天秤にかけられるような話ではないのだ。

「あの、すごく、個人的な意見なんですけど」
黙ってしまった彼女に、おずおずと話しかける。雲母が無言で「話しなさい」と言っている。

「その痣ごと受け入れてこそ、生涯の伴侶とも言えるべき存在になるのではないでしょうか」

三日月紫苑の視線が痛かった。なにを言っているお前、という空気がびしびしと突き刺さってくる。

「百乃さんにとっては、人生を共に歩んできた痣です。それを、事情も聞かずにいやだなんだと言って縁談を断るような男なら、所詮その程度の男だったんじゃないかって、俺は思うんですが」

三日月紫苑だけでなく、雲母も薊も百乃さんも俺をじっと見つめてきていた。その視線に耐えられなくなって声がすぼんでいってしまう。