「帰ろうか」
二人を見送ったあとはとても切ない気持ちに襲われていたから、やっぱりこの人が一緒にいてくれてよかったと思う。
「うん」
「タクシー使う?」
「歩いて帰りたいかな」
黙って歩き出した背中を小走りで追いかけた。
追いついてみるととてもゆっくり歩いてくれている。
「1回トイレ行って、それからお風呂入りに帰るね」
「うん」
「今日パン買えなかったから、明日の朝はご飯でいい?」
「うん」
「・・・気付いたよね。私の気持ち」
「うん」
静かに聞こえないように深く息を吐く。
なんとなく、この人は気付くだろうなって思ってた。
何にも気にしていないようで、よく見ている人なのだ。
それで困っていたら手を差し伸べずにはいられない人だ。
「大地がよく話してた『菜乃』って君のことだったんだな」
初めて名前を呼ばれてドキッとした。
いつも二人きりだったから、呼び掛ける時も名前は必要なかった。
「私も、大ちゃんと里奈の会話で『千隼』って聞いたことある。そういえば」
郵便物で見た『榊千隼』と耳で聞いた『ちはや』が一緒のものだとは結びつかなかったけど。
やっぱり初めて呼んだ名前は少しだけ震えた。
「大ちゃんの友達だったなんて世間は狭いね」
「事実この辺は狭いから」
大体、間に一人挟めば知り合いに繋がる。
市役所なんかで働いているとそれは顕著で「ああ!健二君(父)の娘さんかあ!」と知らない人に言われることは日常茶飯事。



