その恋、記憶にございませんっ!

 思わず、
「わかった……帰ろう」
と言ってしまったが、初夏だった。

 しかも、よく考えたら、本田は街角にひとり立っているわけではなく、車に乗っている。

 暑かろうが寒かろうが、あまり関係なさそうだった。

 またやられた、と思う自分を唯が笑って見ている。

 最初は、自分がまんまと宮本に乗せられ、帰ろうとしているから、しめしめと思って笑っているのかと思っていたが。

 なにかこう、好意的な笑みのようにも思えてきた。

 だが、そんな風に唯を観察している間にも、宮本はドアを開け、
「さ、行きますよ、蘇芳様」
と玄関先で急かしてくる。

「ケーキ、ありがとうございました」
と言う唯に見送られながら、

 まずいな。
 せっかく覚悟を決めてきたのに、このままでは、なにもせずに帰ってしまうではないか。

 せめて、此処に来た(あかし)をなにかっ、と焦ったとき、宮本が、下から本田に呼びかけられた。

 本田は、
「パトカーが来たので、車を移動します」
とかなんとか言っているようだ。

 わかった、と宮本が外の廊下の手すりの方に行った瞬間、蘇芳は側に居た唯の頬に軽くキスしていた。

 びくりと後退した唯はよろけ、柱に後頭部をしたたかに打ち付けると、その場にうずくまる。

 ……うーむ。

 これは何処まで、俺のせいだ?