その恋、記憶にございませんっ!

「私は、道端の人形と手をつないでいるつもりだった。

 それでも、私はその人形と結婚したいと思ったんです。

 貴方のその顔も立場もなにも理解してはいなかったのに。

 なんのフィルターもかけずに人形の貴方と居て、この手の先に居る人と一生一緒に居たいと願った――」

 だから、婚姻届にサインしたんでしょう、と唯は言う。

「その恋、覚えていませんが……」
と笑ったあとで、濃くハッキリと記されている、おのれの字を見る。

「私もきっと、貴方の手を温かいと感じて、一緒にこの先の未来を見たいと思ったんです、きっと」

 唯は婚姻届から顔を上げると、蘇芳を真っ直ぐ見つめて言った。

「手をつないで歩いていきたいです。

 フライドチキンのおじさんではない貴方と――」

「……いや、俺は最初からフライドチキンのおじさんではないけどな」
とちょっと困った顔をした蘇芳と目を合わせる。