その恋、記憶にございませんっ!

 そういうお誘いは断れない。

 水面に月の浮かぶ湖を見ながら、串に刺したチーズを焼きつつ、ワインを呑んだ。

 横で蘇芳が薄い冊子のようなものをめくっている。

「なんですか? それ?」
と白いクッションがはまり込むくらい心地いい藤の椅子から、唯は少し身を起こし、訊いてみた。

「さっきの道の駅で売ってたんだ。
 この地方の伝説がまとめてある――

 と思ったら、怪談だったようだ。

 読もうか」

「結構です」

「読もうか」

「結構です」

 人の話を聞かない蘇芳は、勝手にそれを読み始める。

「その宿の薄暗いトイレには……」

「なんで宿の怪談なんですかっ」

「小さな女の子が……」

「森の陰から……」

 畳み掛けるように蘇芳は勝手に怖い話をしてくる。

 すぐ側に森があるのに、やめてくださいっ!
と唯は思っていた。