その恋、記憶にございませんっ!

「どうしたんですかっ?
 大丈夫ですか?」

 同じ階の人のものらしき声が外でした。

「大丈夫です」
と何故か、ドアを引っ張っている男が答えている。

 いやいやいや、乙女の部屋のドアをこじ開けようとしている貴方が言っても、なんにも説得力ないですよねー、と思いながらも、仕方なく、唯は手を緩めた。

 開いたドアから、
「す、すみません。
 本当に大丈夫ですっ」
と顔を覗けて言うと、その土曜も出勤らしい年配のサラリーマンは、ああ、なんだ、痴話喧嘩か、という顔をした。

 すみません、すみません、と頭を下げると、いえいえ、と笑って行ってしまった。

 それを見送りながら、唯が、
「ああ。
 朝っぱらから、人様にご迷惑を」
と呟くと、

「お前が素直に開けないからだろう」
と蘇芳は言ってくる。

「……今、貴方の顔見たくなかったんですよ」
ともう見てしまったので、今更な文句を言うと、なんでだ? と言ってくるが。

 いや、その理由は言いたくないな、と思っていた。