その恋、記憶にございませんっ!

 だが、本田は、
「いえ。
 離さなくて結構です」

 さらっとそう言い、側に止めていた大きな黒塗りの車に戻っていく。

 後部座席に乗っているのは品の良い紳士で、蘇芳ではなかった。

 ……だが、蘇芳に似ている。

 もしかして、と思っていると、案の定、その紳士は降りて挨拶して来ようとした。

 だが、本田に止められている。

「駄目ですってば、蘇芳様に内緒で連れてきたんですから。

 大丈夫です。
 大丈夫です、社長」

 やっぱり、蘇芳さんのお父さんか、と思っていると、蘇芳と違い、ワンマンでもなさそうで、人の良さそうなその社長は、車の中から、ペコペコ頭を下げてくるので、唯もペコペコ下げ返した。

 その間に本田はトランクを開け、何故かガムテープを出してくると、いきなり、翔太の空いている方の手を錆びた階段の手すりに縛りつけ始めた。

「こらっ、なにをするっ!」

 翔太は唯から手を離せないまま、抵抗しようとして、近くにあった本田の頭に頭突きを食らわそうとする。

 だが、本田は片手で器用にくるくるとガムテープを巻きながら、もう片方の手の指先で、翔太の額の中央を突く。

 ぴたり、と翔太が動かなくなった。

 ……なんの武術だ。