その恋、記憶にございませんっ!

 あれ、誰?

 会長のお孫さんだよ。

 慎吾課長の従弟、と周囲で囁き合っている声が聞こえてくる。

「会いたかったろう、唯」
と自分の方を向かせ、翔太は唯の両の肩に手を置き直した。

 いやー。
 そこは、普通、会いたかったよ、じゃないんですか? と思う。

 まあ、翔太らしいセリフだが。

「唯。
 俺はちょっと上に行って挨拶してくるから、ロビーで待ってろ。
 なにか食べに行こう」

 そう翔太は勝手に決めると、唯はもう自分に従ってくるものとして、そのまま去っていってしまう。

 ……なんだったんだ、今のは。

 人々の視線の中、ひとり総務本部に残されたまま、思っていた。

 嵐が来たようだ。

 いや、台風か。

 そのまま真っ直ぐ行ったらいいのに、と思っているのに、何故か突然、ぐぎっ、と曲がる台風のように、翔太はやってきた。

 婚約してすぐに、翔太は向こうに戻っていったので、彼との結婚は、常に周りの人たちの間だけで語られることで。

 もしかしたら、現実には訪れないのかも、なんて思わなくもなかったのに。

 突然、翔太はやってきた。