「何がいい?リクエストがあるなら言って」

「………レヴィア様の好きなものでいいですよ」



「じゃあ、ケイの好きなものをつくりたい」


その言葉にドキッとした。
いや、彼女は忘れている。思い出していたら俺のそばで笑っているはずがないのだ。


そうだ。
あの死色の桜を見に行った日のことなんて、彼女は一ミリも覚えているはずない。



でも同時に俺は、彼女の本質は変わらないのかもしれないと悟った。
好きなことをしようと言った時、ケイの好きなところに行きたいと、そう答えた彼女は今もここにいる。


ただ前は見え隠れするくらいだったその本質が、今や前面に押し出されているのだ。


自分が傷つくのを恐れて人に接することを嫌っていた彼女とは違う。自分だけに向けられていたはずの彼女の慈しみは、全ての人に向けられていた。


それはとても美しい。
でも、俺の手には届かない。



なぜ彼女が俺の好きなことを知りたいかなど、俺にはさっぱり分からない。でも、彼女のたったの一言でこんな気分になるなんておかしなことだ。



本当に自分でもおかしいくらいに君が愛しい。



「ケイ?」

彼女が怪訝そうにこちらを見てくる。


きっと週が明けて学校に戻ったら、また遠くなってしまうのだろう。
いっそ、もうこのまま彼女をここに幽閉してしまおうか。


「好きなものは?」

彼女は変わらず真っ直ぐに俺を見ていた。大嫌いなはずなのに、俺を掴んで放さない燃えるような緋色の瞳。




「___レヴィア」

とっさに自分の口から出た言葉に唖然とする。



「えっ………」

彼女の戸惑った顔。


何もかもがとっさの衝動でしかなかった。

触れたい。もう何も望まないから彼女だけ欲しい。王の座なんか誰にでもくれてやる。


思わず彼女の頬にのびた手。


でも____


「___すみません。好きなものなどありませんから」




今の彼女に俺が必要ないなら___もしもそうなら、そんな想いは全てを無駄にする。



この十二年も全て。


そんなことがこの俺に出来るわけがなかった。



彼女を包み込むはずだった手で、誤魔化すように俺は彼女の柔らかな頬をつねった。


「………痛いんだけど」

彼女は何か言いたいことがあったようだが、結局そう俺を睨み付けた。

意地悪で、無表情。冷たい声。俺はきっと彼女の中でそんな位置付けなんだろう。

けど、それでいいのだ。



彼女に全て奪われたことなど知られたくなかった。