「――――で、肝心の容疑者は何処に?」


ジェイクは苦情書類から目を離すと、ニヤニヤとしながら言った。


「………ここだ」


俺はそう言いながら椅子をずらす。

机の下、足の間には、何かにすっかり満足した顔の黒猫が寝転びながら呑気ににゃーと鳴いた。その声を聞いたジェイクが、机の向こうでクククと嫌味げに笑う。

元々野良だったらしいこの黒猫を、飼うと言ったのは俺だ。だから良い飼い主であるべく日々飼育書で慣れない勉強をし、躾ているはずだった。

机の上には何冊もの『猫の飼い方』の本が積まれ、毎晩それを読み実践もしていた。

それなのにこの黒猫は、俺が公務中に部屋を抜け出し、城中をいたずらしてまわるのだ。


何が不満でそんなに暴れるんだ?


そう聞いてみたかったが、猫に言葉が通じる訳も無い。それにその考えが感じられるほどにはまだ懐いてはいなかった。


「ところでアレックス陛下、黒猫嬢とはその後も逢われているんですか?」


「……? だから、猫はここにいるって」

「――――人間の方です」


ああ、とわざと気のないふりをして見せた。

しかしジェイクにそれが通用するわけも無く、にやにや笑う視線を避けるように俺はまた机の上で頭を抱えた。

ジェイクの言う、黒猫嬢――――シオンは、二週間ほど前『御会食』で知り合った公爵令嬢だった。

艶のある黒髪、ピンクの薔薇の様な頬、黒宝石の瞳、そして軽やかな鈴の音のような声。誰もがはっと息を呑むような、美しい容姿をしていた。

しかしその本性はじゃじゃ馬で、今俺の足元に寝ている黒猫を助ける為、ドレス姿で木に登るほど。