風薫る

「本と黒瀬君が一緒にいてくれたら一番嬉しいけれど、本と黒瀬君どっちか片方を選ぶなら、私、黒瀬君とずーっと一緒がいいな」


ふと思いついた考えは幸せな形をし過ぎていて、叶ったらいいな、と思った。

叶ったら、どんなに幸せだろうと思った。


「…………」


えへへ、と無意味に笑った私に、瞳を揺らして唇を噛みしめた黒瀬君は、そっと言った。


「軽蔑、しないの?」

「軽蔑? 何で?」


何か、軽蔑するようなことがあっただろうか。黒瀬君だよ? 黒瀬君なんだよ。あるわけないじゃないか。うん、ないない。


「しないよ」


じっくり考え直してみても全く該当するものがないので、首を振る。


「変な噂に巻き込んじゃって、こんなに迷惑かけてるのに……?」


消えそうな声だった。


「迷惑なんかじゃないよ」


迷惑なんかかけられていない。全然迷惑じゃない。むしろ、あまり頼ってくれないから拗ねたいくらい。


黒瀬君の穏やかさと気配りの上手さはとても得がたい美徳だけれど、ちょっとくらいこちらに頼ってくれたっていいのにな。


……頼ってくれないのは、私が頼りないからかもしれないけれど。


頼らない人なんだなと思っても、私が言えることがないのが寂しい。

寂しいと伝える資格がないことが、寂しい。


黒瀬君が困っているなら、協力なんて、いくらでもするのに。

猫の手くらいのお手伝いなら、できるのに。


そう、たとえば。


たとえば——私が、彼女のふりをする、とか。