風薫る

図書館に着いて約束通り隅っこにいると、肩を以前決めたように三回叩かれた。


「……木戸さん?」


それでも用心して顔を上げないでいたら、名前を呼ばれて、勢いよく仰ぎ見る。


「黒瀬君! 来られたんだね、よかった……!」


後ろを振り返るのが怖くて、ただ真っ直ぐ図書館に来て、ひたすら座って待っていたので、無事に会えてほっとした。


本当によかった。


約束はしたものの、鞄を取りに教室に戻ったら話しかけられて帰りにくくなっちゃうかなあとか、いつもより視線が集まってて帰りにくくないかなとか、結構不安だったんだよね。ほんとうに、よかった。


にこにこお隣の椅子を引く。ありがとう、と座った黒瀬君が、少し笑った。


「髪下ろしてると雰囲気全然違うから、びっくりした」


木戸さんかな、木戸さんだと思うけど、いやでも、……木戸さんか? ってなっちゃった。


と、そんなことを身振り手振りを交えて説明されて、おかしくて笑いがもれる。


「うん、よく言われるよ。だから変装として下ろしてみたの」


気分も変わる。


瑞穂の情報によれば、いつも横に一つって覚えられているらしいから、髪を下ろしてカーディガンを羽織っただけでも、多分印象が違うはずだと思った。


でも、独断でやったから、黒瀬君に迷惑をかけてしまったみたい。


迷ってる人がいるなあと視界の端に捉えていた人影は、多分黒瀬君だ。