風薫る

「私もやだ」


即答して、揺れる瞳を見つめる。


夜の色で、黒瀬君の名前の色で、黒瀬君の髪の色で、私が好きな色が、苦しげに歪んでいる。


「黒瀬君」


大好きな名前を口にして、そうっと黒瀬君の頬を両手で挟んだ。うつむいたその顔を、上げてほしかった。


「大丈夫だよ」


全然落ち着いてなんかいないけれど、頑張れ、私。冷静になろう。


私だって黒瀬君と話したい。この前図書室にしようと約束したばかりで、今日もその予定だったんだから、そのままでいい。


「現地集合にしよう。一時間後に図書館で。一応隅の方にいるようにするね。七時までは絶対いるから、もし何かあっても急がなくて大丈夫だからね」


一気に伝えると、大きく頷いてくれた。


「絶対行く」

「待ってる。……約束ね、黒瀬君」


差し出した小指に口をきつく引き結んで、瞳を揺らして、ゆっくりゆっくり手を伸ばし。


「……うん。約束」


痛いほど強く指を握った黒瀬君が、ことさら静かに口を開いた。


大丈夫。

大丈夫。


こんなことで負けない。好きなことを曲げない。好きなひとを諦めない。


私たちには本があれば大丈夫。きっとだいじょうぶって、しんじてる。


――私たちの放課後を、また、本で彩ろう。


私はすぐに学校を飛び出した。