風薫る

荒い息で廊下に出ると、黒瀬君が見えて、密かに駆け寄る。


「木戸さん……っ」


ああ、遅かった。泣きそうな顔に、じわりと思う。


黒瀬君、あれを見ちゃったんだ。おそかった。わたし、間に合わなかった。


そんな、こんな、黒瀬君にこんな顔させちゃって、こんな、こんなこと——こんなことで、諦めてたまるものか。


「黒瀬君」


隅の目立たなそうなところを指差してそっと名前を呼ぶと、慎重に頷いて移動してくれた。


少し時間をずらしてから、私も駆け足で陰に入る。


掲示板の衝立を避けて、その後ろに隠れるように二人でしゃがみ込んだ。


……悪いことなんかしていないと思うのに、何だか、無性に切ない。


「ごめん、ごめん、」


どもるような切羽詰まった三文字がいくつも積み重なっていく。


黒瀬君は何度も何度も謝った。苦しげに荒い吐息にのせて、歪む声色で、幼い顔で、ごめんと言った。


ひどく低められた小声が、喧騒に紛れて掻き消えていく。


黒瀬君と普通の音量で話せないことが、こんなにももどかしい。


「一緒に帰ったら迷惑なのは分かってる、でもごめん、俺、俺、図書室駄目なら図書館行きたい。……このまま木戸さんと話せなくなるなんて、そんなの嫌なんだ」


こんなふうに搔き消えそうな、悔しさと悲しさに倒れてしまいそうな黒瀬君の声を、初めて聞いた。