風薫る

「美味しい?」

「うん……」

「よかった」


……本当は、熱い体温でよく判別できていないけれど。


黒瀬君は満足げに頷いて、行こう、と踊り場から一歩踏み出した。


かくんと重力に任せて顎を落としたのは、話せない返事の代わり。


ゆっくりゆっくり、こちらを見つめる黒瀬君の一段上を同じ速度で下りていく。


しばらくして。


「木戸さん」

「うん」


手すりにもたれ、ねえ、と呼びかけて。


「隣、来てくれないの?」


黒瀬君はごく自然に彼の横を指し示した。


「っ」


時間の経過につれて次第に縮んできていた、舌の上を転がる甘さを最大限補完するような、お砂糖の塊よりももっと糖度が高いことを言うものだから。


私の脳は処理しきれなくなって、ただひたすらに体中を赤に染めた。


「っこほ、こほっこほ」

「どうしたの!?」


思わずむせる。


どうしたも何も、黒瀬君のせいなんだからね。


「だって……隣来てとか、急に言うから……!」


びっくりしたの、と申告した私に、黒瀬君はきょとんと首を傾げた。