風薫る

よし、だいぶ離れた。訝しまれてないから上出来。


今度こそ説明を始める。


「一番上の段の、右端から四冊めの……」


黒瀬君は私の説明通りに手を動かしてくれた。


「あ、それですそれです」


手がお目当ての本に差し掛かったところでそう言うと、軽々と手を伸ばした黒瀬君が、本棚から分厚い新書をそっと抜いた。


……う、羨ましい。その身長私にください。


「どうぞ」


題名を確認できるようにだろうか、くるりと私が見やすい向きに直してから渡してくれた。


「ありがとうございます」


手にある確かな重みに、思わず声がかすれる。


ほんの数分前までは諦めていたこの本が、私の手元にあるなんて。


「どういたしまして」


深くお辞儀をした私に、黒瀬君が微笑む。


その笑顔は、春の空——ちょうど今朝教室で見上げた、淡く優しく溶ける空に似ていた。