風薫る

す、と視線を横に流した黒瀬君からは、少し焦れたような声。 


「本、取って渡そうかなと思って声をかけたんですが……」

「え」


この人はなんて優しいんだ。


私は間抜けに固まった。


「すみません、迷惑でしたか?」


私のアホな様子をどう誤解したのだろうか、少し焦ったように尋ねられる。


私は慌ててぶんぶん首を振った。


「いいえ……! いいえ、全然」


首を振るだけでは心配で付け足した言葉に、構えていた黒瀬君の表情が緩む。


「……よかったです」 


ふわり、先ほどよりも子どもっぽさが加わった微笑みが返ってきた。


「じゃあ改めて。読みたい本はどれですか?」


本棚に向き直った黒瀬君に倣って、私も本棚を向く。


説明をしようとしたら、ふと気付いた。


ち、近い。

すごく近、いやいやいや、私の位置取りが単に黒瀬君の邪魔なだけだよ。


不意打ちの自覚に体温が急上昇する。


……さっきまでは黒瀬君に会った驚きの方が強くて、近いなんてこと、意識していなかったのに。


ちらりと黒瀬君を見上げたけれど平気な顔をしていたので、おそらくは至近距離を全く気にしていないんだろう。


私だけ気にしているのかもしれないけれど、多分邪魔だと思う。避けよう。


さりげなさを装って、そろりそろり、左へ二歩移動する。