虫屋が、確かめるように私に聞いた。

「待ってください。俺、勘違いしちゃいそうです。それは……コ、コオロギのことですよね……?」

「コオロギは好きだよ。でも、勘違いなんかじゃないよ」

「えっ……じゃあ……」


言葉の意味を何度も確かめる私たちは、暗闇でお互いの存在をそっと触覚で確かめ合うコオロギのようだった。


「ちゃんと分かってよ……私が好きなのは、虫屋こと、桐谷颯太くん、あなたです」


私は、ミカンの香りがする背中におでこを付けて言った。


「飛島さん……俺、泣きそうです。恋すると、虫は声をあげて鳴き、人間は涙を流して泣きたくなる……「鳴く」と「泣く」が同じ「音」なのが、なんとなくわかった気がします」

「もう、こんなときに何言ってんの……」

虫屋の背中が小さく震えているのを感じて、私まで涙があふれてくる。

「好きです、飛島さん……俺、葛藤しながらもひたむきに努力する姿に、ずっと前から惹かれていたのかもしれない。もう今は、やばいくらいキミが好き……」

心の奥がぎゅうっとなった。

お祭りの音、虫の声、重なる鼓動、ミカンの香り。たぶん一生忘れない。

夜空に浮かぶ月が、出会えた2人を祝福するかのように、明るく照らしていた。