「あ、いや……そうですよね、別れたばかりですもんね」

あれ?ほんの一瞬怒っていたよう見えたのは気のせい?

「うん……周りばっかり気にして、あの人とつきあったんだけど、そんなの絶対ダメだって、はっきりわかった。自分のバカさ加減に落ち込んだ。今度は、ちゃんと好きになった人とつきあいたい。だって、好きじゃなきゃ、キスなんてできないし……あ……」

虫屋とバチンと目があって、思わず下を向く。

「そ、それより、ほんと、来てくれてありがと」

「あ、はい、うん……」

全身真っ黒な洋服でパーカーの帽子まで被ってるもんだから、どこにいるのか全然わかんなかった。

「でも、なんで……わかったの?」

「同じ種類の虫同士は、危機を感じると周りに知らせる超能力のようなものがありますから」

「それが通じたの?」

確かに、虫屋の話が通じるのは、私ぐらいだけだから、同じ種類かと言われたらそうなのかもしれない。

「それに、俺と同じミカンの匂いがしましたから……」

私は、胸元に入れたミカンの葉っぱを取り出した。

確かに、折れて傷ついて、かなりミカンの匂いはするけど……。


「これ?」

「はい。俺も、持ってます、いつも。だから、そういうことにしておいてください。それより、飛び降りたときに、メガネがどっかいっちゃいました」

「あ、ごめんね。すぐに探す……から……」

ちょ、メガネを外した虫屋って、めちゃくちゃイケメンなんだけど。

それに、パーカーの帽子を外しながら、髪をぐしゃぐしゃっとする虫屋にドキドキが止まらない。

「髪、切った?」

「はい、半年ぶりに」

半年ぶりにもびっくりしたけど、髪を切った虫屋のかっこよさにもっとびっくりした。

「髪なんて全く気にしてなかった虫屋が、どうして髪を切る気になったの?」

「初めて……メスの気を引きたくなったからです」

「へっ?」

メスの気を引くって、どういうこと?