あっ、逃げて!

カレシが飛びかかろうとしたとき、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。

沙知の声だ。
私は、大きな声で答えた。

「はーーい!ここだよーー!」

「お前っ、な、デカイ声出すな、くそっ、行くぞ。あれ?あいつは?」

カレシは、遠く離れた場所に避難している女の子を見つけて走っていく。

私は、すぐさまその背中に向かって大声で叫んだ。

「あなたとは別れる!さようなら!」

カレシは走るのをやめて振り向き、枝を拾って私に3歩近づくと、それを投げつけながら言った。


「こっちこそ、お前なんかいらねーよ!バーカ」

「きゃっ」

飛んでくる枝を避けようと体を屈めると、横にいた虫屋の手がバシッとその枝を跳ね返してくれた。

「うわっ、いてーな、くそっ!」


小さくなるカレシの背中を見つめながら、ふうっと息を吐く。

カレシが他人になった瞬間だった。

「ありがと、虫屋。運動神経やっぱすごいね」

口から出たのは、魂がぬけた棒読みのセリフのよう。

好きという気持ちがわかっていなかった私は、つきあうことになんの抵抗もなかったけど、今回の件は少なからず衝撃があった。

「浮気はお前のほうだとか、お前なんかいらないとか、さんざん言われてましたね」

「あのね、人が落ち込んでるときに、そういうこと言わないの!」

「落ち込んでる?だったら俺、謝らなきゃ。飛島さんになんの確認もしないで来てしまったから」


虫屋が、私に向かって頭を下げようとした。

私は慌ててそれを制しながら、うまくまとまらない自分の気持ちを、正直に話し始める。


「あ、いや、違うよ。なんて言うか、私にとっては初カレだったし、バイトではお世話になった先輩だし、もちろんいいとこもあったし……そもそも、こうなったのは、つきあうってことをちゃんと理解していなかった私が悪いんだし……」

一時期、あの人が付き合ってくれたから、私が救われたのは事実で。

そのお礼も言わないまま、こんな風に別れてしまうのはなんとなく残念に思えた。

「で、何が言いたいんですか?やっぱり、あの人が好きだとでも?終わったんですよね?それならもういいじゃないですか、あの人のことは」

「虫屋?」