当時、椿と世界が違うということを知らないのは私だけだった。
「黒崎さんから聞いたよ!椿のお母さんもすごいんだね!ロシアでピアノの先生やってるって!」
「あまり日本には帰ってこないから、会えないけどね」
寂しそうな顔をする椿に、ときどきウチに遊びにおいでよ!と提案したのは、ある日の学校の休み時間のこと。
「椿が来てくれたら、お母さんも嬉しいんだ!張り切っておからクッキー焼いてくれるよ!」
「ねぇ」
すると突然それを聞いていたクラスの女の子が数人、気まづそうに口を開いた。
「あのさ、明里ちゃん……。ダメだよ?椿くんに……馴れ馴れしくちゃ」
「え?」
「そうだよ!椿くんはわたし達と住む世界が違うんだって、ママが言ってたもん!すごーいお金持ちで、もっと大人になったら世界でも有名人になるんだってさ!」
突然の忠告に私は身体を強ばらせた。



