宮殿内に、人がいない。

政務の中枢である西宮殿ならば、毎日すごく賑わっているはずなのだ。

けれども、廊下の掃除をし始めてからずっと誰にも会っていないし、西宮殿の担当であるほかの使用人たちにも会えていない。


『貴族院の方にお会いできるわね!』

『もしかしたら、貴公子さまに見初められるかも! うらやましいわ~』

『がんばって!』


などなど仲間の新米侍女たちにきゃあきゃあと騒がれ、初日からそんなことはあるはずないと思いつつも、心の片隅で麗しい貴公子に会えることを期待していた。

執務室の床もモップがけをするのだから、お仕事をしている姿を拝見できるかもしれないと、それなりにドキドキしていたのだ。

そして今、宮殿の最上階である二階の廊下までモップ掛けを終えて、手近にあった部屋に入ったところで考え込んでいる。


「うーん、たまたま政務がお休みなのかも?」


首を傾げつつも、壁に並ぶ大きな書棚と立派な執務机を眺めた。

執務机には、滑らかな曲線を描く文様が全体的に彫られていて、とても凝った作り。

相応の位の人が使うものだとシルディーヌにも分かる高級さ。

そして、その後ろに無造作に壁に立てかけてある黒っぽい旗に目を留める。


「え、あれって、まさか。……もしかして!」


心臓がどくんと脈打つ。

頭をよぎるのは、真っ黒い龍の印。

王宮に来て二日目に見た、青地に黒い龍が描かれた旗だ。

国防と治安の要『黒龍騎士団』が掲げるものである。