「くそ…、出れねぇ…!

ジャナルの野郎、呪いの魔法陣を張ってやがる!」



ジャナルが姿を消してから数分。

魔力を放出して無理やり突破しようとしたラントが悔しそうに眉を寄せてそう言った。


アルトラの持っていた服をその場しのぎで借りた俺は、濡れた髪の毛をガシガシとかきあげながら口を開く。



「温泉の方から外に出られないか?」



「…っ、ダメだ。脱衣所の全ての扉に魔法陣が張られている。」



俺の言葉にそう答えたアルトラに、ラントが苛立たしげに言った。



「あのハゲ…!本当に許さねー…!」



その時、アルトラが脱衣所にあった鏡に歩み寄って腕を突き出した。


するとアルトラが魔力で瞳を輝かせた瞬間、鏡に映っていた俺たちの姿が、ぐにゃり、と歪んだ。



「何の魔法なんだ?」



ラントがそう尋ねると、アルトラは魔力を放出しながら答えた。



「これは、辺りに敵がいないか確かめるために使う魔法で、半径一キロ以内の様子を映すことができるんだよ。

もしかしたら、セーヌさんの様子をこれで確かめられるかもしれない。」







アルトラの言葉に、俺とラントは急いで鏡を覗き込んだ。


すると数秒後、鏡の中にぼんやりと何かが映し出されてきた。


そこにいたのは、部屋の窓辺に頬杖をつく姫さんの姿。


俺たちは、ほっ、と息を吐いて微かに表情を緩めた。



「セーヌさんはまだ無事のようだね。」



アルトラの言葉に「あぁ…。」と答える。



…姫さんは、まだクロウに会っていない。


奴は、どんな罠を仕掛けるつもりなんだ…?



俺たちが無言で鏡を見つめていると、やがて小さな音が聞こえてきた。



…トントン






今のは…襖を叩く音?


鏡の中の姫さんが、くるりとこちらを向いた。


そして、『はい、どうぞ。』と声をかけている。



「“どうぞ”、じゃねーだろ!

逃げろ、セーヌ!!」



身を乗り出して叫ぶラントに、俺とアルトラも体に力が入る。

すると、襖の開く音が鏡越しに聞こえた。


映し出される姫さんの瞳が、一瞬見開かれる。



…クロウに、姫さんが攫われる…!



しかし、次の瞬間。

俺たちの予想とは反し、姫さんはにっこりと微笑んだ。



…!



俺とラントは、何が起こっているのかが掴めずに動揺する。



「セーヌ!何やってんだよ!

愛想を振りまいてねーで、さっさと逃げろ!」



叫ぶラント。



…おかしい。


いくら姫さんとはいえ、敵のクロウにあんな顔をするはずがない。



俺は違和感を感じ、アルトラに言った。



「アルトラ、襖の方が見たい。

この鏡、視点を変えられないのか?」



「!やってみる。」



俺の言葉に、ポゥッ!と瞳を輝かせるアルトラ。


その時、ゆらり、と鏡の中の光景が揺れた。


次の瞬間、姫さんの背中が映し出される。


そして俺たちは、背中越しに見えた人物に目を疑った。






あ、あれは……!



「…ロッド……団長…?」