「まぁ、今さらだが…。」と続けたロッド様に、私は笑いながら答えた。



「ロッド様の呼び名は、ラントに言われたから“様付け”が定着したんです。

一応、私は主人ですが…ロッド様の方が年上ですし。」



ロッド様に敬語なしで話しかけるなんて、何となく恐れ多くて出来ない。


すると、ロッド様は小さく呼吸をして呟いた。



「…確かに、俺と姫さんはただの“主従関係”だもんな。

今さら呼び方や喋り方なんて気にすることでもないか。」



…!



「今のは忘れてくれ。」



ふっ、と小さく口角を上げたロッド様に、私は微かに心が揺れた。


ロッド様の言葉が、胸の奥へと染み込む。



“俺と姫さんはただの“主従関係”だもんな”



…そういえば、ロッド様は今まで私を一度も名前で呼んだことがない。



私は、“姫さん”。



そう。


ロッド様は騎士長で、私は姫なんだ。


その事実を改めて実感すると、急に隣にいるロッド様が壁の向こうにいる人のように思える。



…超えてはいけない一線。


二人で決めた、絶対である契約の条件。



私達の関係は、きっと、ずっとこのままだ。


この先、ロッド様が私を名前で呼ぶことも、私が敬語なしで話しかけることも多分ない。



「…あ、ロッド団長!遅いですよ!」







その時、廊下の奥の部屋からひょっこりと顔を出したラントの声が耳に届いた。


私は急に現実に引き戻されたように、はっ!とする。



タタタ、とこちらに走り寄ったラントはそわそわした様子で言葉を続けた。



「もう、腹が減りすぎて死にそうです。

全員揃うまで待ってますから、早く来てください!」



ロッド様は、苦笑しながらラントを見つめた。


その時、後ろから足音が聞こえ、アルがこちらに向かってくるのが見える。



「すまない、遅くなった。待たせたね。」



「やっと揃った!さ、早く食いましょう!」



機嫌良さ気にそう言ったラントに続くようにして、アルと合流した私達は広間へと入った。


机の上には、ずらりと山菜や海の幸をふんだんに使った料理が並んでいる。



わぁ、すごい…!


ラントが急かすのも分かるくらい豪華な料理だ。



美味しそうな匂いにつられて、私のお腹が、ぐぅ、と音を立てる。


それを聞いたロッド様とアルが、くすりと笑った時、部屋に入ってきたおばあさんが笑みを浮かべながら口を開いた。



「たくさん食べてくださいね。

追加のお料理も言ってくだされば私が作りますので。」



早速手を合わせて食べ始めるラントの横で、ロッド様がおばあさんに尋ねる。



「おばあさんがすべての宿の仕事を?

他に宿の従業員の方はいないのですか?」