トントントン。


その時、部屋の襖を叩く音が聞こえた。



「お客様、お食事の準備が出来ました。

広間にお越しになってください。」



…!



宿屋の主人のおばあさんの声がした。


私とアルは、それを聞いて顔を見合わせる。


アルが、はっ、としたように私に言った。



「そういえば、昼食をとるのをすっかり忘れてた…!お腹すいたな。」



「そうだね…!ご飯なんだろう?」



私達は、お互い、にこにこと笑い合いながら立ち上がる。


そして、アルは私を見つめながら言葉を続けた。



「僕は、着替えと荷物の整理をしてから広間に向かうよ。

セーヌさんは、先に行っていてくれる?」



「うん、分かった。じゃあ、また後でね」



外套を脱いでたたみ始めたアルと別れて、私は一人、部屋を出た。


襖をスッ、と閉め、私は小さく呼吸をする。



「…ふぅ…。」



…最初はちょっと緊張してたけど、アルと同じ部屋にいるのも慣れてきたな。


アルも特に意識している様子はないし、私もそんなに気を張らなくていいのかも。



優しげなアルの雰囲気は、ロッド様に聞いていた通りだ。


物腰柔らかで、聡明で落ち着いた人。



…私には、もったいないくらいの人だ。



と、その時、ギシ…、と廊下の軋む音がした。


ふっ、と顔を上げると、そこにはちょうど隣の部屋から出てきたロッド様の姿があった。



「「…!」」



お互い目が合って、ふっ、と顔を緩ませる。



「姫さん、アルトラは?」


「あ、荷物を整理してから行くそうです。」



私の言葉に「そうか。」と答えたロッド様は私の隣に並んで歩き出した。


私も彼に続いて廊下を進む。



「ラントは一緒じゃないんですか?」



私が尋ねると、ロッド様は「ラントは食事と聞くなり、速攻広間に飛んで行ったよ。」と目を細めた。



…ラントらしいな。



私が、くすくすと笑っていると、ロッド様が少しの間の後、静かに口を開いた。



「…姫さん、アルトラとは仲良くなれたか?

楽しそうな笑い声が聞こえていたが。」







私は、ロッド様の言葉にぴくり、と反応した後、頷いて答える。



「はい…!

アルは、とってもいい人ですね。ロッド様のおっしゃっていた通りの素敵な方です。」



「!」



すると、私の言葉にロッド様が小さく目を見開いた。



…?



私がロッド様を見上げると、彼は数秒の沈黙の後、ぼそり、と私を呼んだ。



「…姫さん。」


「はい?」



ロッド様は少し言い出しにくそうに言葉を続ける。



「アルトラのことは“アル”なのに、俺のことは“様付け”で呼ぶのか?

姫さんは俺の主なのに、初対面の時から俺に敬語を使っているままだし…。」