海の匂いのする風を吸い込んで深呼吸をしていると、ロッド様はレンガ造りの建物の前で立ち止まり、私とラントに声をかけた。



「俺は、アルトラの入港の記録を見てくる。ラントは船を訪ねてくれ。

姫さんはここで待ってろ。すぐに戻るから」



「「はい、分かりました!」」



私とラントが声を揃えて返事をすると、ロッド様はマントを翻して建物の中に入って行った。


ラントも、指示された通りにノクトラームの国旗を掲げている船に向かって歩き出す。



私は石造りのブロックに腰をかけ、綺麗な青い海を眺めていた。



…気持ちいいな。

海を見たのなんて、子どもの時以来だ。


とても綺麗な青……

まるで、ロッド様の瞳の色みたい。



ロッド様の碧眼が頭に浮かぶ。


と、それと同時に私の視界に、一人の人物が映った。


数メートル先のブロックに腰をかけているのは、フードを被った青年のようだ。


顔はよく見えないが、どこか思いつめた様子で猫背になっている。



…?


どうしたのかな、あの人。

なんだか、元気がなさそう。



つい、目が止まったので見つめていると、その青年は、すっ、と立ち上がった。


そして、まっすぐ海の方へと歩いていく。



…え?



その時、私は、はっ!とした。



ま、まさかあの人

“身投げ”しようとしてる…?!



私は、咄嗟に立ち上がって青年に駆け寄る。


青年は止まる気配がない。



た、大変だ!



「待って!早まらないで下さいっ!!」



「え…?」



私は、あと一歩で海に落ちる、という寸前で青年の腕を思いっきり引いた。

そして、ほぼ体当たりに近い流れで彼をブロックの端から遠ざける。



ドッ!!



「…っ?!」



ズササササッ!!



私はそのまま、青年を押し倒すような形で石造りの地面に倒れこんだ。


青年は驚いたように私を見上げ、私はそんな彼に向かって口を開く。



「何があったかは知りませんが、死ぬのはまだ早すぎます!

海水浴をするにもまだ早いですし!」



「……!」



なんとも言えない沈黙が二人の間に流れた。


青年は、数秒ぽかん、として私を見つめていたが、ふいに、ふっ、と吹き出して肩を揺らし始めた。



「…っあはは…!」



「??」



きょとん、としながら青年を見つめていると、彼はぐいっ!と私の腕を支えながら体を起こした。


ぐらり、と視界が揺れる。


その瞬間、海風に吹かれて彼のフードが
ばさり、と脱げた。



…!



フードの下から現れたのは、サラサラと風に吹かれる綺麗な琥珀色の髪。

透き通るような翠の瞳が私をとらえた。


整った顔つきに、私はつい目を奪われる。